気持ちよさについて考える・身体編

気持ちよさについて考える・身体編
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なんか前の投稿、見えないものへの認識見えないから怖いでしんみりしてしまったので、今回は気持ちよさについて。

気持ちよさって身体が感じる気持ちよさ、心が感じる気持ちよさ、2つあると思うので今回は身体が感じる気持ちよさを考えてみます。


身体が感じる気持ちよさ

別に身体が感じる気持ちよさといっても酒池肉林的なことではありません、期待していた方には残念ですけど。

もちろん性的な気持ちよさ、オーガズムというのも身体が感じる気持ちよさですけど、私そちらの求道者ではないし、そっち(どっち?)の方も東洋医学は得意分野でもあり、そっちの文化も古来からある分野ですけどね、今回はスルーします。

で、身体が感じる気持ちよさって全身的な気持ちよさなんです。

全身で感じるから気持ちいい、全身で動くから気持ちいいんですね。

多分、どのようなスポーツ、運動でも全身運動だから気持ちいいんですね。

今、部分的な動きや運動のスポーツを考えてみたけど思いつかない…。

手を使うにしろ、全身で手を使うから気持ちいんですね。

これは気の原理でも解説してきましたけど、丹田とのシンクロ、全身のシンクロ、全身運動の時に気は最も強く豊かに働く。

気の原理に即した運動の時に身体は気持ちよさを感じるんですね。

気の原理に即して、身体が最も効率的に力を発揮できる動きの時に気持ちよさを感じる。

だから気の感性が豊かな人、身体の中心感覚や体軸の感覚が豊かな人は、気持ちよさを感じやすい。

スポーツも運動もできる人ほど気持ちいいハズ。わかりますよね。

これって気の癒し、ツボや経絡への施術でも同じです。

施すほうも気の原理に即して全身運動の時に、最も効果的にツボや経絡の底まで施術ができるし、自分も全身運動して気持ちいい。

受け手も無駄な力が入っていない施術を受けて気持ちがいい、エゴを介さない動きをされて気持ちがいい。

そもそもツボや経絡を正確に施術されるのって、とてつもなく気持ちがいい。

ツボや経絡への正確な施術を受けられた方なら分かると思いますが、マッサージなどのようなものとは違い、ツボや経絡への施術って相当深いリラックス効果があります。

身体の芯から緊張が取れる感じ、身体の芯まで緩む感じ、響く感じ、本能的な部分で感じる気持ちよさ。

だから私、この道を選んだのですけど。

治療効果が素晴らしいだけでなく、気持ちよさがあるから。

なんか、気持ちい気持ちいいばかり言って快楽主義者みたいに聞こえますが、気持ちよさって健康のためにも必須のものです。


底のある気持ちよさ、底のない気持ちよさ

気持ちよさを伝える神経はA10とかいますけど、足りないものが満たされる気持ちよさってありますよね。

これ気の虚実(きょじつ、虚が不足で実が過剰)とも関係ありますけど、足りないものが満たされるから気持ちいいんですね。お腹が減ったから食べて気持ちがいいんです。お腹がいっぱいになれば血糖値も上がり満足してお終い。

でもこのような気持ちよさは、満ち足りたら終わりです。神経的にそうなっているんですね。プラスとマイナス、このような場合には、満たされたら下がるといった神経的なフィードバックがある。

性的な気持ちよさも同じです、特に男性はそう。

でもフィードバックしない気持ちよさもあるんです。底のない気持ちよさ、いきっぱなしの気持ちよさとでも言ったらいいのでしょうか。

次回に書く予定の心の気持ちよさもそうです。精神的な気持ちよさ、カタルシスってここまで行ったから反対の方向に向かうフィードバックの機能がないんですね。

これは私の持論ですけど、全身的な身体の気持ちよさもどうやらこちらの範疇に入るようだと感じています。

ツボや経絡への施術で感じる気持ちよさもそう、フィードバックがなさそうです。

満たされたから満足する、といったようなものではなく際限のない気持ちよさに属するような気がする。

これ大事なことですよね、心の表面では足りないから欲する、満たされないから欲する、満たされたら満足する、といいうような原因と結果、行動様式があるけど、もう少し深い部分では行きっぱなしの気持ちよさがある。

無限、無辺、無量の領域がある。

そしてそのような部分こそ、人間を次の進化に向かわせる部分のような気がします。

心を成長させる部分といってもいいですね。

next: 気持ちよさについて考える・心編

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